テイザニストもろーの山歩き

山歩き歴50年、今は低山を中心に歩いています。

2019年02月

秦野市の里山歩きです。

季節が春に向かって急速に進んでいます。
梅も河津桜も満開。
おまけに杉花粉もやってきました。
春を感じて歩きたい。
といっても1000mクラスの山だとまだわずかに春には早い。
それで秦野市の里山、弘法山、念仏山、高取山の
丘陵地帯を歩いてきました。
標高は弘法山233m、念仏山334m、高取山554mです。
出発点の弘法山公園駐車場は170mぐらいかな。

このコースは一昨年、腰痛のリハビリで歩きました。
そのときは一切の余計なことはせず、最短距離をゆっくり行ったものでした。
今回も腰痛に注意しつつですがそれでも「悪い」というものでもないので前回には行かなかった権現山にも行ってみました。
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権現山と弘法山の分岐に林立する標識。
標識だけ見てると戸惑ってしまう。
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不思議なモニュメント?あるいはオブジェ?
ミミズクの上に子供の像が乗っている。
しかしミミズクとはタイムリーだ。
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権現山といっても公園だから道は遊歩道。
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おお、ここも「関東ふれあい」の道なのだった。
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山頂には展望台がありました。
なんだか中国の建物みたい。
浙江省にこんな建物があったよな。
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そういえば先ほどのミミズクのところの子供の像も中国っぽかった。
浙江省寧波市には天童寺があって曹洞宗の開祖道元はここで修行したそうだ。
だから天童寺と福井の永平寺はその構造がとてもよく似ている。
だからこの公園周辺も道元に所縁があって…
なんて考えたが弘法山公園の名前の通り空海に関係があるのだった。

駐車場8時45分発で権現山9時着なので歩程15分、展望は秦野市と平塚市、その向こうに海も見えていたが霞んでいた。
権現山から今度は弘法山へ。

やはり公園の遊歩道で前回はそこを歩いたが今回は元気なので平行する山道を歩いた。
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権現山から15分で弘法山。
念仏山へはこのお堂の裏の道を行く。
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里山らしいのびのびとした道。
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前回はスルーした善波峠の御夜燈。
明治の初めまで夜の街道(今の246号に当たるのだろうか)を行く人のために灯りが点いていたとあった。
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念仏山には10時2分着。
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秦野市街方面の景色が開けている。
本来は箱根山及び富士山が見えているはずである。
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7分程休憩して10時10分、裏手のお地蔵様にお参りしてから高取山に向けて出発。
今日初めての本格的な登り。
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時間にしたら10分とかそこらであって、先週の塔ノ岳に比べれば全然なんでもないのだけれど、心構えが緩いのでこれがきつい。
登り切ると少し平になってゴルフ場が見える。
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目指す高取山が意外にも遠く見える。
目印は山頂の白い電波アンテナ塔。
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そしてまた登り。
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すると林の中に猟師らしき人影が。
遠くからは犬の鳴き声もしている。
おいおい、鉄砲玉は勘弁してくれよ。
とそこにビーグルの猟犬が出現。
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オラあ人間だぞ、間違えるんじゃないぞ。
早くどっかへ行っちゃってくれえ~。
さらにあちらこちらで遠くからとはいえ銃声が響きだした。
笛の音も直近で聞こえるが鹿笛というやつだろうか。
何だか剣呑な気分になっていたら目の前を大きな鹿がピョンと横切った。
ひえ~っだ。
野生動物よりも鉄砲の方が怖い。
鹿だ!てんで猟師が鉄砲撃ったらどうすんだ。
それが流れてこちらへ来たらどうすんだ。
鹿よどうか尾根から遠ざかってね。
と今度は先ほどのビーグル犬が鹿を追うように出現。
いやはやこの犬先ほどは自分とは反対方向の斜面を下って行ったはずなのに、今度は自分の行く手の斜面から出て来た。
相州アルプスでも思ったけれど猟犬の行動範囲の広いこと広いこと。
その能力には驚くばかりだ。

あちらこちらから響いてくる銃声に怯えながら急登を行く。
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軽い里山歩きのはずだがけっこうこれでどうして高取山に関してはしっかり山登りなのだった。
そして最後の登り。
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山頂着10時55分。
念仏山から約45分、でももっと長かった気がする。
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大山が大きい。
この道はまだこの先大山へと続いているのだ。
もちろん僕は今も将来もこのコースを辿って大山まで行くつもりは全然ない。
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山頂では団体さんが休んでいて、さらに途中で団体さんを抜いたからもっと賑やかになるだろう。
なので3分で山頂を後にする。10時58分発。
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高取山を下りだしたらあちこちから聞こえていた銃声が止んでいるのに気が付いた。
きっと仕留めた獲物を運んでるんだろうな。

どんどん下って弘法山も帰路は巻いて、12時5分に駐車場に戻る。
今回は羊牧場も巻いてしまった。
でも「メエ~」という声は聞こえてくる。

で春を感じたのか。
それが意外にも風が冷たかった。
でも陽ざしが柔らかくってやはり「もう春」だった。
そして花は雑草だけどオオイヌノフグリが前回同様沢山咲いていた。
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ノゲシ?
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ところで駐車場の前にあるレストランめん羊の里・木里館の前では八朔が大小9個で300円で売られていた。
ありがたく買って帰った。
家へのお土産です。

 この週(2月16日)は当初山を歩く気はなかった。
 土曜日はゼロックス・スーパーカップ、浦和vs川崎があって、浦和の今シーズン初公式戦であり最初のタイトルのかかった試合だった。
 川崎も注目しているクラブだからこの対戦はライブで見たい。
 だから山はお休みして次の週にどこか出かけようとおもっていた。
 ところが金曜日の夜に天気予報を見ていたら来週の土日、23日、24日に雨のマークが付いているではないか(その後日曜は悪くない天気予報に変わった)。
 ならばこの週に山を歩いておかねばならない(自分の気持ちとしては)。
 じゃあとこへ行くか、午前中で下山出来て帰宅して1時30分からサッカーを観ることができる山。
 今年になってもう近場の山は次々と行ってしまっている。
 そういった山を消去して行ったら塔ノ岳が残った。

 塔ノ岳は前の週に候補になったがきついし雪ないしで見送った山だ。
 でも小丸から見て「やっぱり行きゃあよかった」ともおもった。
 それじゃあ塔ノ岳に行くかあ、となった。
 でどこから、ってなったとき小丸尾根から行くか菩提峠から行くか大倉から行くか戸沢から行くか…
 
 手っ取り早く往復するのはやっぱり大倉だろうなあ。
 で、かったるいけど大倉コース。
 6時15分発。
 大倉バス停前のレストハウスがコンビニになっていた。
 ただしまだやっていなかった。
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 もう何回も歩いた大倉コースだし昼には下山したいしでわっせわっせ歩いて雑事場に7時。
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 さらに見晴らし茶屋が7時10分。
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 こんなところで朝日を見ながらコーヒーでも飲んだらうまいべなっておもうけど、それはテントでもいいよねって思っちゃうだよね。

 このコースは見晴らし茶屋までが足慣らしの林道歩きみたいなものでここらか本格的な登りが始まる。これが苦しい。
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 きつい登りの後に緩斜面の歩きになり相川。
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 ここにはいくつかのベンチがあって休憩ポイントだったのだけれど、ベンチは撤去されて(道の左側に移動)ロープが張られていた。
 何か問題があったのだろうか。

 このコースの半分地点であろうと僕が勝手に思っている「堀山の家」着が8時10分。
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 それにしても雪がない。
 この季節、普通ならこの地点で滑り止めを付けることあるのだけれどそんな必要は全然なくって春山みたいなのだった。

 さてさて大倉尾根コースのきっついいところは自分としてはこの「堀山の家」から「花立山荘」まで区間だとおもっている。
 
 いきなりの足場の悪い石の道。
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 1度平坦な道に出るもののさらに大石の登り。
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 さらに土留の階段。
 これが僕にとっては天井知らずの階段なのだった。
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 まあしかし振り返れば箱根方面の景色も好いので許せる。
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 それにしても大倉尾根というのは何だか知らなけれどみ~んな登るのが無茶苦茶早い。自分が遅いからさらにその差がつく。
 ここまでも次々と後続に抜かれてきたがこの階段では僕よりずっと年上じゃないかとおもえるような女性に、並ぶ間もなくあっさりとかわされてしまった。

 でも頑張ってというよりとにかく足を動かして花立山荘9時5分着。
 堀山の家から55分かかった。
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 さて普段の冬なら堀山の家でこらえた人でもさすがにここで滑り止めを付けるものだったがなにしろ雪がない。
 ただ富士山が好い。
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 が、ややや、富士山の上に怪しい笠雲がかかっている。
 あれは天候が悪くなるのではないか。
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 この富士山の笠雲は決して悪くなるばかりじゃないらしい。
 いわゆる「諸説あります」だ。

 それにしても富士山も雪が少ない。
 これなら八合目ぐらいまで行けるんでは、て思っても不思議じゃないだろう。

 ここで15分休憩えで9時20分発。
 花立に山を登ると塔ノ岳が姿を現す。
 まだ距離あるなあとおもってしまうがそうでもない。
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 金冷やしまでの道も普段ならけっこうな雪なのにこのとおり。
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 金冷やしを過ぎると霧氷らしき樹木が見えてきた。
 う~ん、しかし先週に比べるとなあ。
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 さらに頑張って山頂着9時50分。
 
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 山頂付近はそれでも一応霧氷が残ってはいた。
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 丹沢主脈方面。
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 富士山。
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 南アルプス。
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 表丹沢尾根、三ノ塔、大山。
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 この日は気温が高かったのか東京方面の平野部と海方面は残念ながら靄がかかっていた。

 花立茶屋でけっこう休んだので塔ノ岳山頂では10分で下山開始10時丁度。
 で自分なりに頑張って11時55分に大倉着。
 これでゼロックス・スーパーカップの時間に間に合うことに。

 がしかし…スーパーカップでの浦和、川崎の前に成す術もなく(と僕はおもったね)0-1で負けてしまったんである。
 でも午前中に山、午後にはサッカーと贅沢じゃないか。
 川崎の応援しているクラブだし。
 そういえばこうちさんと知り合ったのも(ネット上で)今頃の丹沢の尾根だったのだった。
 突然に行った塔ノ岳だけど、いろいろと思い出して楽しかった。
 とにかく「山は裏切らない」なのだった。

 関東地方に大雪が降るというような予想が出ていた。
 平野部で大雪になったら表丹沢でも相当な積雪になるだろう、そしたら久しぶりに塔ノ岳に行ってみようかなとおもっていた。
 奥武蔵と違って丹沢は登る人が多いので大雪になってもトレースが付いているし。
 そしたら大雪どころか神奈川県なんかはほとんど雪が降らなかった。
 雪がないのに(少しはあるだろうけど)大倉尾根を登るのもかったるい。
 それならば、先週は奥武蔵でけっこう距離を歩いたので今週は軽く歩く方が好い。
 でもそれでも丹沢の雪が少しは気になるので塔ノ岳よりも楽な鍋割山に行くことにした。4か月ぶりである。

 表丹沢県民の森を7時に出発。
 もちろん積雪はない。
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 小丸尾根に向かう間伐された道。
 間伐作業が終わってからこの道を歩くのは4度目ぐらいだがこんなにすっきりとした景色は記憶にない。
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 やはり間伐作業跡から眺める小丸尾根上部。
 白く見えるのは樹氷だろうか。
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 登ること約2時間。
 上部に出るとやはり霧氷だった。
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 小丸尾根分岐付近の樹氷。
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 富士山。
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 箱根の山々。
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 相模湾、江の島、三浦半島、東京湾、房総半島。
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 表尾根、三ノ塔、大山方面。
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 15分程休憩した後に鍋割山へ向かう。
 鍋割山稜からの丹沢主脈方面。
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 塔ノ岳。
 やっぱり行けばよかったかな。
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 鍋割山稜を行く。
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 小丸を振り返る。
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 鍋割山山頂と富士山。
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 鍋割山山頂着、10時12分。
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 鍋割山山頂からの富士山。
 いつ以来だろう、鍋割山から富士山を見るのは。
 調べてみたら、なんと2016年11月26日以来だった。
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 雲の中に南アルプス。
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 鍋割小屋の鍋焼きうどんは1000円から1200円になっていた。
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 5分程で山頂を後にする。
 鍋割山の下山路。
 歩くところだけに雪がある。
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 途中で登ってくる人に「頂上は人多いですか」と訊かれた。
 「いや、そうでもないですよ」と答えたけど、いやいやここまでもう20人ぐらいとすれちがったぞ。
 それに「そうでもない」というのは鍋割山としては、というだけで例えば奥武蔵の静かな山と比べればそれはそれは大人数である。
 なのでそのことを付け加えると相手は「そうですよね~」と苦笑いする。

 どんどん下って11時には後沢乗越。
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 さらに林道へ出てこの日の、そして今季初の鍋割山山歩きほぼ終了。
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 後は林道をがさがさ歩いて11時50分表丹沢県民の森駐車場着。
 あまり期待していなかった鍋割山だったが霧氷のおかげ好い景色を楽しめました。
 
 2月11日月曜日も雪が降る予報だったけど、この日も千葉方面の方が降った。
 こんなこともあるのですね。

後編 飯盛峠~ぶな峠~刈場坂峠~太野峠~丸山~芦ヶ久保駅


 飯盛峠の先には飯盛山があるのでそこを目指す。
 標識の先を見るとアンテナ塔が立っていて、広い道が繋がっている。
 しかしそちらへ向かって行ったら山へ入る道がない。
 というより雪に埋まっていてわからない。
 それでTanmaさんがラッセルして山の方向へ登りだす。
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 今日は道路に雪が積もっていて、自動車が来る可能性も低いから別にそちらを歩いても好いのだがそれでは山歩きの名が泣くというものだ。
 トレースを付けるならばやはり山道に忠実でありたい。
 しばらく登ると山頂標が木々の間に立っていた。
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 Tanmaさんによれば三角点もあるはずといことで探してみたが雪に埋まってしまってわからなかった。
 しかしここから先は気持ちの好い雪道だった。
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 今年は丹沢もちっとも雪が降らず、まだ雪道を歩いてなかったのだが奥武蔵でおもいもよらぬ雪上ハイクが楽しめた。
 この飯盛山からの雪道を下って林道(グリーンライン)に出てしばらくで「ぶな峠」だった。10時42分。
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 ここには車で来たことがある。
 石田波郷の「万緑を顧みるべし山毛欅峠」という句碑があるからだ。
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 深田久弥にはこの句がどこで詠まれたか、「山毛欅峠」とはどこにあるのかを考察する文があって、しかし結局その文では奥武蔵のここは出てこなかった。
 そして追記として「その後奥武蔵に山毛欅峠があることを教えられた」とある。
 「『檥』という難しい字を書く」とも。
 今回訪ねたら石碑だったけれど、以前は木の角柱が立っていたような気がする。

 檥峠を過ぎるとさらに一段と積雪が多くなってきた。
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 次に目指すはツツジ山だ。
 Tanmaさんが丁度半分ぐらいまで来ましたね、というのでがっかりする。
 車での感覚でもうここまで来ればとおもってたから。

 山道にはいるとさらに雪が深くなってワカンが欲しいほどの積雪になった。
 先を行くTanmaさんがずっどーんと滑ったので驚いた。
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 だって若い人が滑ったら僕なんかズルズルじゃないか。
 顔は笑っているけれどラッセルでひいひいなのだった。
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 でも頑張った甲斐あってツツジ山山頂。
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 景色が好い。関八州見晴台から飯盛山、そして檥峠と歩いてきた尾根が一望だった。
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 刈場坂峠への道もまた深い雪だったけれどすっ飛ばして下って刈場坂峠。
 11時38分。
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 今日は関八州見晴台からずっと堂平山が見えていたのだが、ここへ来てひときわ大きくなった。
 で、ここまでずっと話題になっていたのが堂平山の山火事の場所が見えるかな、てこと。
 丁度軽自動車の4WDで上がって来た人がいてその人もどこだろね、なんて見ていたけれど結局わからなかった(見えなかった)。

 ところでこの峠には以前には茶店があって、自動車やバイクで来た人も登山者も休んでいて、農産物なんかも売っていたものだった。
 今回はそこを再訪するのも楽しみだったけど、現在は跡形もなくなくなっていたのだった。

 刈場坂峠からすぐにまた山道に入る。
 少し行くと正丸尾根方面と丸山方面を分ける道があって、その辺りは雪がまた深かったが日が差して気持ちの好い道だった。
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 分岐から先は2016年に歩いているのだが、道路沿いの道とはいえけっこう上り下りがあって舐めちゃいけないコースなのだ。
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 雪があるからことさら慎重になってチョッと無様な格好になる。
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 舐めちゃいけない道と知ってはいたけれど、2回目の今回もキツイ道だった。
 登りつめてカバ岳山頂、12時32分。
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 ここまで来れば太野峠もすぐだ。
 まだ山道を登って下らなければならなかったが、もうラッセルでの登りが少しばかりキツくって林道を迂回させてもらって太野峠、12時47分。
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 太野峠には屋根付きの休憩所がある。
 ここまで休み場所がなく(僕としては刈場坂峠の茶店周辺を期待していたが)食料もあまり摂ってなかったのここで大休止。
 先着していた登山者が甲斐犬を連れていて、ハーネス無しなものだからそこらじゅうを走り回ったり主人がいるというのに「食べ物ちょうだい」をしてきたりする。
 
 20分以上休憩して13時10分に丸山を向けて出発。
 ここでもうかなりよれていたので、何回か丸山に立っている僕としてはTanmaさんに山頂からの展望を早く楽しんでくれればと先に行ってもらった。
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 そしたらTanmaさん、融雪の泥濘に足を取られたのか思い切り滑って倒れた。
 因みに丸山の下りでも泥濘で滑った。
 林道歩きがあるということでライトなトレッキング・シューズにしたのが敗因だそうだ。
 確かにビブラム底では考えられないような滑り方だった。

 ここを登り切るとハング・グライダーのカタパルト。
 堂平方面の景色が好い。
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 太野峠から丸山は歩く人も多く、だからトレースはしっかりしていた。
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 やがて山頂の展望台が見えて来て。
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 山頂着14時13分。
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 展望台に登るとまずは武甲山と奥秩父の山々。
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 両神山。
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 浅間山。
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 奥多摩の向こうに丹沢。
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 外秩父の山々の向こうに群馬・栃木の山だがそちらは雲がかかっていた。
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 この展望台にはNikonのまだ新しい双眼鏡が3基(だったとおもう)設置されていて、これが素晴らしくよく見える。
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 八ヶ岳や浅間山がもうほんとに近く見えて、人がいれば判別できるんじゃないかというほどだった。
 北八ヶ岳の天狗岳も見えたのだった。

 しばし休んでから14時に下山開始。
 もうぐんぐん下るだけで(途中滑り易かったが)やがて芦ヶ久保の集落内に。
 横瀬二子山がどんどん近くなってきた。
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 そして15時30分に芦ヶ久保の道の駅着。
 ラッセルのおかげで身体がガタガタだったけど、車に荷物を置いてこの日の最終目的であった氷柱を見物に行く。
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 これでこの日の予定が終了。
 ああよく歩いた。
 約18km、8時間半の行動時間だから箱根の乙女峠~塔ノ沢に匹敵する。
 そういえばあれが12月2日、この日が2月2日で丁度2ヶ月ぶりのロングだった。

 9月以来の奥武蔵を堪能したけれど、関八州見晴台から丸山までトレースが付くと今度は逆に関八州見晴台から日和田山まで行かなくっちゃなんて気になって来る。
 秋がいいかな。
 それにしてもお付き合いくださったTanmaさん、ありがとうございました。

前編 西吾野駅~高山不動~関八州見晴台~飯盛峠

 急に冬の奥武蔵が恋しくなった。
 真っ青な空の下、しかし上州方面からの北風が吹いてきて梢を渡り、足元では枯葉のカサコソという音がして、国木田独歩的世界が好きなのだった。
 それで奥武蔵に行こうとおもったがじゃあどこかってなって、前から狙っていた関八州見晴台に行くことにした。
 
 ここは45年前に登ったことがあるのだけれど上に行ったら立派な道路が通っているじゃないですか。
 奥武蔵グリーンラインという道路だった。
 あほくさくってそれ以来はこの辺りは自動車で行くばかりだった。
 しかし見方というか見る方向というか、立場を変えて自動車で行くと「な~にがグリーンラインだ」と言いたくなるような、まあ要するに林道なのだった。
 そのグリーンラインも自動車で最後に行ったのも20年前ぐらいのことである。

 もうこりゃ絶対に行かなくちゃっておもって、でも関八州見晴台だけでは少し短すぎるのでコースを考えたときに吾野に下るのが一般的なようだったがしかし敢えて刈場坂峠方面に向かうルートを選択した。

 なぜかというと2016年に正丸峠から丸山まで歩いているので、関八州見晴台からもトレースを付けてみたいとおもってしまったからだ。
 それにTanmaさんが応じてくれて(他の方は用事があって万止む無く断念)、自分の希望としては芦ヶ久保の氷柱も見たくって、それで集合場所を芦ヶ久保にして電車で西吾野へ移動、丸山まで歩いて芦ヶ久保に戻るコースにした。
 距離で表すと17.7kmである。
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 西吾野発は6時52分。
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 ネットにアップされている関八州見晴台の記録を見ると多くがパノラマ・コースを選択しているようだが自分の45年前のこの山の唯一記憶にあるのが茶店があって、そこに犬を連れてきた登山客がいて、小屋の老婦人が犬に水をあげてそれをがぶがぶ飲んでいるシーンなのだった。
 それで今回はパノラマ・コースでなくって茶店コース?を行くことにする。
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 人工林の特徴のない登山道を登ること50分、茶店跡に到着。
 今はその痕跡が残るだけである。
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 そしてここが重要なのだが45年前はこのコースは景色が良かったんだである。
 自分の記憶では耕作地のように視界の開けた斜面を登ったイメージがあるのだ。
 それを裏付けるように、展望の好い(好かった)であろう方向に茶店の休み処が向いている。

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 しかし今は朽ちていて過ぎ去った時を感じるばかりだった。
 そしてこの先も人工林が続くのだった。
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 が、やがて指導票に沿って高山不動に導かれて境内に出る。
 そして…おお、これが大イチョウか。
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 もうここで景色がよくって写真を撮ったけそ関八州見晴台はさらに好いのでここでは割愛。
 しかし梅が咲いてて「小田原か!」
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 でも高地にあっても南を向いていて日当たりが良く、日照時間も長く、それで冬でも春の花が咲くのが奥武蔵だなあ。
 
 高山不動への階段を登る。
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 高山不動は成田、高畑とともに「関東三大不動」なのだそうである。
 ただ山の上にあるから静かな不動様だ。
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 記憶にないけどこれこそ不動様じゃないかと思わせるような雰囲気だった。

 お参りと休憩後に山頂に向けて出発。
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 関八州見晴台の入り口には立派な標識。
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 ツツジの木に囲まれた山頂直下の道。
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 そして山頂、9時15分。
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 景色好過ぎ。
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 視界が広すぎるでどこを撮影していいのやら…とりあえず飯能アルプスの大高山・天覚山、その向こうに丹沢大山とさらに関東平野。
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武甲山と両神山。
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 奥多摩の山々。
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 富士山も!
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 山頂には奥の院の祠と休憩所もあって2週間前の高尾山を思い出して一杯飲みたくなってしまう。
 まあそんなわけにも行かないので丸山に向けて出発。
 歩き出したらすぐにアンテナの立つ建造物に遭遇。
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 おお、これは「ポツンと一軒家」の前身の番組でやっていた、山の中の建造物を訪ねるでやっていた「アマチュア無線」のアンテナじゃないか。
 どうも奥武蔵は「ポツンと一軒家」の宝庫なのかもしれない。

 ところで関八州見晴台から先はあまり歩く人がいないらしく今日は我々が最初だった。正確に言えば動物だけが通った道だった。
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 なのでわーいわーいなんて喜んで歩いた。
 外秩父方面の景色もよくって写真撮影も。
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 がしかし、雪山で気を付けなくちゃいけないのは山中のことではなくって下りてきて林道にでて凍った道が怖いんだよね、ってTanmaさんと話している矢先に凍った道で僕が大きく滑った。
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 ずってんどうとひっくり返ってしまった。
 昔なら大きなザックを背負っていたので、それがプロテクターになって身体を打つことなんかなかったのに、今はサブザックかアタックザック程度を背負っているから腰をガツンと打った。
 Tanmaさんの話だとけっこう大きな音がしたのでこの先はダメかと思うぐらいのひっくり返りらしかった。
 僕もビックリしたけれどその後大きな痛みもなく芦ヶ久保まで歩いたわけだけれど、帰ったら偉く痛くなってやっぱりダメージが小さくなかったようだ(その後すっかり回復)

 そして関八州見晴台の付近ではまあ低山じゃあこのぐらいの雪だべなという感じだったけれど、だんだん積雪が多くなってきた。
 山形県の村山地区で仕事をしていた自分としては、これはその頃を思い出すに充分な積雪だった。
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 そんな道を歩いて飯森峠着、10時25分。
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 まだまだ元気。
 丸山を目指します。

 後編に続きます。

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