テイザニストもろーの山歩き

山歩き歴50年、今は低山を中心に歩いています。

2010年09月

 優勝を願ってやまなかったサッカーの女子U-17だったが、決勝戦は3-3で延長戦、さらにその後のPK戦の末、4-5と韓国に敗れてしまった。
 激しく悔しい。
 
 記録だけを見るとシュート数(韓国15:日本37)も、コーナーキック数(韓国2:日本8)も、そしてポゼッション(韓国46:日本54)も日本が韓国を上回っているし、57分の得点で3-2と勝っていたのだ。
 しかし韓国を抑えきれずに79分に同点にされ…である。

 またしても日本の前に韓国が立ちはだかり、しかも日本は韓国を越えることが出来なかった。
 それもまた激しく悔しい。

 自分の半世紀以上の人生の中で、ことサッカーに関しては常に韓国が日本に先んじ、そして日本を阻んできた。
 女子サッカーに関して言えば日本が先鞭を付けていたし、世界への扉を開けたのは日本の方が先だったはずである(北朝鮮はひとまず措くとして)。
 それがあれよあれよという間に追いつかれ追い越されだ。
 いつになったら韓国を凌駕することができるのだろう。

 それにしても激しい試合だったようだ。
 それはもちろん3-3という数字からもわかるけれど、FIFA.comの映像でもわかる。
 双方がミドル・シュートでネットを揺らしているのだ。

 しかし…37本のシュートを放った日本に対し、15本の韓国が同じ得点であり最後には勝利したというその勝負強さはやはり賞賛しなければならないだろう。
 日本には男女・年齢を問わず、やはり勝負の弱さを感じざるを得ない。
 囲碁で言えば劫に勝って勝負に負けるとか、相手の石を殺したのにも拘らず地の数で及ばないとかだ。

 敗戦は残念だし悔しいけれど、この結果を貴重な経験として、是非未来に向けて生かして欲しい。

 結果で知るだけで、試合内容はわからないが、浦和が新潟に2-0は久しぶりの快勝ではなかろうか。
 湘南に4-1で勝った試合があったけれど、あれは終了間際に失点するしまりのないものだったけれど、昨日の新潟戦ではキチンと0点に抑えた。
 攻撃も2点取った。
 柏木が得点したのが嬉しい。
 広島時代から注目していた選手だからもっともっと頑張って欲しい。
 彼の活躍がやはり浦和を引き上げることになるだろうから。

 ただ、速報で柏木の前半終了間際のゴールで1-0だと知っても不安でいっぱいだった。
 1点を守りきれないのが今の浦和の守備だし、上位チーム相手に点がとれない今の浦和だから。
 ドキドキしながらときたまネットの速報にアクセス。
 そしたら81分にセルが追加点。
 それでもまだ信用できなかったけれど、90分になってやっと安心できた。
 なにしろ90+で失点してしまうことが少ない今季の浦和だから。

 勝点3は多いに嬉しいのだけれど、それでもまだ得失点差での8位。
 優勝はもちろんのこと、ACL出場権だって遠く霞んでいるようだ。

 それだからだろうか、テレビのニュースで見るさいスタはガラガラだった(ように見えた)。
 この日の入場者3万人はJリーグでは少なくない数だけれど、バックスタンドの中央やゴール裏の上方にまで空席があった(ように見えた)。
 優勝を争う位置にあるわけでもなく、またACLがかかっているわけでもない10位にに近い8位だから客足が遠のくのも無理はないのだが、しかしそれにしても寂しい。

 同じように最下位相手とはいえ、そして雪や雨の悪天だったわけでもないのに、山形の観客数7000人もJ1としては寂しくはないだろうか。
 山形県民はモンテディオという、かけがえのない宝を持っていることをもっと認識すべきだし、誇りにおもうべきだろう。

 老いては子にしたがえ、という言葉がある。
 この「老いては」の老いとは何歳からなのかよくわからないけれど、仕事上では自分の経験則より若い人の感性が上回ることがあり、ここはひとつ若いのに任せてやれとおもうことが少なくない。
 
 それはもう10年前から感じていたことで、それじゃ若い頃の自分がさらに若い奴らより能力が下だったみたいだけれど、会社も社会も若い者に仕事を任せ失敗させ経験させ、育てて行かなくてはならないのだから、老いてはもなにもなく、時として自分より若い奴を重んじるのは先に生きている者の義務でもあるだろう。

 ただ最近はそうした度量の大きな(じゃないかしら)ことをやっていると、権謀術策だけで生きている調子の好い野郎に足をすくわれる可能性があるから、うかうかとそんなことも出来ないかもしれないけれど、でも社会(組織とか会社も)の活性化を考えれば、経験のある人間はその経験があるからこそ後身を活かすのが健全だと言えるのではないだろうか。

 そうはおもうのだけれど、それが自分の子供だと中々そうは言えないこともある。
 近親だからこそなのだろうけれど、会社や社会の若いのと違ってああでもないこうでもない、と言いたい放題だ。
 最初はまあいいかいなあとおもっていても、我が子だらかなのかだんだん余計に腹が立ってくる。
 もちろん、相手はもう立派な社会人(と世間では言われる)なのだから、その意見は一応尊重せざるを得ない。そうしたジレンマで自分自身にも腹が立ってくる。

 しかも余計なのが「○○さんも大きくなったのだからここはひとつ聞いてあげなさいよ」だなんていいやがる。さらに親しい友人からもそんなことを言われてしまう。
 我が子ながらそういったところまで手を回すとは中々の戦術眼だと感心するのだけれど、それだからこそ益々承服しがたく思えてくる。

 でも、いつまでも仲たがいするわけにも行かない。
 自分としては絶対に我が方に理があるとおもっているけれど、でもそれを貫こうするとなんだか周りがギクシャクして食卓の雰囲気も悪くなる。

 だから釈然としないものを感じながらも妥協せざるを得なくなる。
 で「老いては子にしたがえ、か」と、まだ全然老いてもいないのに自分を納得させることになる。

 しかし…振り返れば自分の若いときも随分と駄々をこねたものだ。
 とくに「造反有理」なんて言葉があって、ただの駄々コネの味方であった。
 きっと、我が子もさらに成長することによって、自分と同じような心境になるだろう。
 今はとりあえず子の意見を尊重せざるを得ないだろう。
 いつかは我が子も「老いては…したがう」時が来るのだから。

 お昼時、ちらりとテレビに目をやったらどうもサッカーの試合をやっているようだった。
 でもこんな時間に、しかも地上波で中継なんかあるわけないからニュースだった。
 女子U-17の世界大会準決勝、北朝鮮戦の試合を報じるものだった。
 次の瞬間我が目を疑った。
 なんだこりゃ。
 
 日本の選手がボールを持って、ひるまず倒れず北朝鮮の選手を翻弄しているではないか。
 まるでスケートをしているかのように相手DFの間をすり抜けて行くのだ。
 しかも群がる北朝鮮の選手を振り切ってシュート、で、ゴール!
 横山久美という選手だ。

 ビックリしてYouTubeでもう1度見る。
 着いてくる北朝鮮のDF5人をかわし(つまり5人抜きか?)、最終的には6人に囲まれてシュートなのだ。

 男子、女子、年齢を問わず、日本の選手が世界大会で、こんなゴールを見せたの初めてじゃなかろうか。マラドーナかメッシか、だ。
 
 女子U-17の日本、予選リーグでスペインに1-4で負けたときはもうダメか、ともおもったけれどその後よく頑張りました。
 これで決勝進出だ。
 男子のU-19以来じゃないかしら。世界大会の決勝進出は。

 相手は韓国。
 う~む。
 今年の東アジア選手権のとき、フル代表の成長振りに目をみはったかえれど、若い力もどんどん伸びているではないか。
 韓国は日本が負けたスペインに、勝っての決勝だ。
 その前にはナイジェリアとの打ち合いを6-5で制しているのだ。
 これは手強いぞ。

 是非応援したい、勝たせてあげたい、優勝して欲しい。
 ガンバレ。

 テレビ中継ないだろうな、あるわけないよな。

 腰の状態を試すべく、二俣-小丸-鍋割山を歩いてみる。
 二俣から小丸まで、コースタイム1時間50分のところ2時間20分かかったけれどひたすら登り続けて、腰の方はけっこう調子よく、このままだったら塔ノ岳もうかがえそうだったけれど、それは晩秋にとっておくとして、今日は鍋割山を回って帰ってきた。
 下りも腰にダメージはなく順調ではあった。

 ただし…登っている間ずっと胸が痛かった。
 昨夜も痛かったのだけれど、このところ夜眠っていると胸が痛い。
 痛いだけで動悸が激しいとか苦しいとかはなく、ひたすら夜の場合は30分ぐらい痛い。

 しかし登っている間中、2時間半痛かったのはちょっと気になる。
 元々不整脈だけれど、それと関係あるのだろうか。
 
 なんとなくだけれど、僕は酒と関係あるのじゃないかという気がしないでもない。
 思い返してみると、夜胸が痛くなるのは酒を飲んだ日なのだ。
 一昨日は缶ビール1本飲んだだけだったので胸痛はなかった。
 でも昨日はロング缶2本と酒1合飲んだ。そしたら胸痛だった。

 それにしても昔は山でよく酒を飲んだものだ。
 天幕場に着いて、みんなが手際よくテントを張れたのは早くビールが飲みたい一心からだった。
 テントの中ではもちろん飲んだ。
 先輩がいるときは飲むのはウィスキーで、それも貴重な水を使ってはいけないということでストレートだった。僕はストレートが苦手で、だから冬はテントの外に無尽蔵の雪があってつまり水が豊富だったので、冬山はつらかったけれどこのときばかりは嬉しかった。
 一度外が吹雪いている夜、酒がなくなってしまったことがあり、友達は暗く吹雪いている中、100メートルぐらい離れた小屋まで買いに行ったものだった。
 そんなだから頂上でもそして下山してからも、とにかく区切りにはビールだった。

 ところが20年ぐらい前から山の中では酒を飲まなくなった。
 クルマで行くようになったからだ。
 自動車運転免許を持っている者はもちろんのこと、持っていないのも遠慮して飲まなくなった。
 だから下山してすぐに飲むのはコーラとかファンタになってしまったのだけれど、そのうちコーラやファンタがうまいとおもうようになった。
 もちろんクルマを置いたら飲んだけれどね。

 山仲間=飲み仲間だったのだけれど、酒が胸痛の理由だったら酒もやめなければいけないのだろうか。

 そうそう、煙草もよく吸ったものだ。
 山での休憩を意味する「1本立てる」とは、背の荷物につっかえ棒を立てることだけれど、僕らの場合は煙草を吸うことだった。休憩する度に吸ったし、頂上へ行けばもちろん「登頂煙草」だった。
 単独行のときなどは頂上で2本も3本も吸った。

 だから3年前に煙草をやめた後、初めて登った単独行のときは頂上で何をしたらいいのかわからなかった。今はもう慣れたけれど、それでも頂上で煙草を吸っている人を見ると「1本くれ」と言いたくなってしまう。
 友と煙草の煙をくゆらせながら、山々を飽くことなく眺めていたあの頃はやはりよかった。

 その友が亡くなる前に「酒も煙草もない味気ない毎日」と言っていたことを思い出す。
 僕が敬愛して止まない故宮脇俊三さんは、病床にあっても酒を飲んだと聞く。
 僕も友も、以前は宮脇俊三さんと同じ業界にいて、この業界はニコチン中毒で大酒のみが「エライ」と言われる変なところだった。

 煙草は周囲に害や迷惑を及ぼすから吸ってはいけないとおもうけれど、酒は現在のところ少量ながらも1日たりともやめられないだろうなあ。

 今日の行動時間5時間は、これでもう日帰りの低山なら大方行けるという自信にはなった。
 ただもう歳だから、腰の状態が「完全復活」というわけには行かないだろうとはおもっている。

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